義賊・運玉義留の物語
現在、沖縄ツアーなどで観光客に大変な人気のある沖縄ですが、この島はかつて大飢饉に襲われたことがあります。
その大飢饉に苦しむ民人を救ったのが運玉義留(うんたまぎるー)です。
「義留!」
と、親方に呼ばれて、縁がわの前の庭にうずくまりました。
「かたかしら(頭の髪)を結え」
との言いつけで、縁に上りました。
しばらく髪を結ってから、「親方様、教えて下さいませんでしょうか」
「うむ、何だ」
「はい、私ども百姓でも、目から血の出る程書物を読み、身を粉にして働けば、どれ位まで立身出世できますでしょうか」
「ははは……義留、またどうしたのだ」
「いいえべつに……」
「そうだな、掟(村役人)、捌理(助役)までならようやく、地頭代(村長)までだ」
「やっと地頭代まででございますか」
「蛙の子は蛙で、お前ら百姓はいつの世までも百姓だ」
義留の髪を結う手もしばらく止まりました。
結いおわって、かたづけてから、義留は親方に両手をついて、
「親方様、お願いがございます」
「改めて何だね」
「はい、わたくし今日限り、おひまをいただきとうございます。お許し下さい」
「うむ、やぶからぼうにどうしたのだ」
「思うことがございまして」
「何事か、申してみよ」
「私どもは、生れ変ってきても百姓にしかなれないというなら、少し考えてみたいところがございます」
「いくら思っても、考えても、おろかなことよ、はっはっは……」
「立身出世して、お目にかけます」
「はっはっは……、百年も笑いとうなるわ。馬の子は所詮、馬の子よ、高望みするものじゃないぞ」
義留は、心の中で「今に見ろ!」と決意しました。
「どうせ地頭代ぐらいまでなら、こんな世の中、大泥棒にでもなって、貧しい民百姓に分けてやるのが生きがいもあろうというものだ」
・・・こうして、義留は親方の所からいなくなったのです。
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