こころの平衡 4

その電磁場は、体外には生命場として、また体内には生命力として、それぞれあらわれています。


わたしたちはだれしも、自分が放射している固有の周波数の波動をつうじて、その生命力を表現しています。


からだの具合がよくないときは、自分固有の周波数からはずれているのです。


トラウマは自由な呼吸を阻害し、その結果、生命力に悪影響をおよぼすことがあります。


そのトラウマの影響の大きさに気づかずに放置しておくと、ずっとのちに、痛みや病気となってあらわれることがあります。


想念のパターンが呼吸や健康を阻害することもあります。


たえず否定的な想念を思い浮かべていると、からだの複雑な生理作用に影響をあたえ、肉体的な外傷によるものと同様に深刻な運動制限をまねくことがあります。


エネルギーの自由な流れは決定的に重要なものです。


・・・したがって、流れを阻害するものをとり除くことがわたしの仕事の中心になります。


わたしの介入によって患者の健康が回復したとすれば、それは患者のからだにエネルギーが自由に流れるようになったからにほかなりません。


こころの平衡 3

わたしたちはだれしも、想念という衣装をまとっています。


そして、わたしたちのエネルギーの特質は、こころに思い浮かべる想念のパターンによって形成されます。


想念とはまさに、物質なのです。


オステオパシーはからだ全体、およびからだのすべてのシステムが調和的かつ無制限に、自由に運動できる状態を健康だと考えます。


呼吸はその運動のひとつであり、わたしたちにいのちをもたらす最大の推進力です。


じゅうぶんで楽な呼吸なしに健康な生活を享受することはできません。


呼吸のはたらきはガス交換だけではありません。


それは人間存在にまつわる物質的・精神的・霊的な局面とそれぞれ密接につながっています。


呼吸はわたしたちに、電磁場として計測でき、すべての生き物と分かちあっている、ひとつの力をあたえてくれます。

こころの平衡 2

からだをしらべると、生命力が骨盤のあたりでブロックされ、下肢のほうに流れていないことがわかりました。


骨盤のあたりは、凌辱の記憶で石のようになっていました。


骨盤への手技は2か月ほどかかりましたが、症状は改善されました。


痛みはごく軽くなり、ふたたび前途に光が見えはじめていました。


・・・ところが、もうこれでだいじょうぶだと思った矢先、家族のひとりが急死しました。


葬儀で故人、その女性を凌辱した男であるの遺骸に目をやった瞬間、ゆりもどしがきました。


その日の晩、自宅へ帰る途中に、以前の症状が残らず再発しはじめました。


想念のパターン記憶、怒りの感情が、まだ神経系の内部に固着していたのです。


翌週、その女性はわたしに助けをもとめてきました。


さらに手技をほどこし、ようやくからだからブロックをとり除くことができました。


こんどは、きっと再発せずにすむでしょう。


こころの平衡

わたしたちはこころの平衡状態をコントロールすることに慣れていません。


子どものころからずっと、脳を創造的にではなく、分析的に使うように訓練されてきたからです。


わたしたちは想念の世界に住んでいます。


からだではなく、こころに寄り添って生きています。


こころが現実をつくりあげているのです。


こころにしのびこんだちょっとした不調和が、からだに好ましくない作用をおよぼしつづけています。


1年ほど前、やつれきった32歳の女性が、腰痛と骨盤のあたりの重苦しさを訴えてきました。


子どものころにひどく傷つくような経験はなかったかどうか、たずねてみました。


患者はためらいながらも、8歳のときに遭遇した不幸な性暴力の話をしはじめました。

チームワークについて 4

組革研での体験の一側面が、チームワークの体験です。


それを参加者は承知していて、最初は、自分たちの概念のチームワークを始めようとします。


たとえば、対象を捉えるべく飛び回って調べるのですが、このとき、チームの全員、つまり10人が一束になって、一緒に行動し始めるのです。


大企業の部課長という立場の人たちがです。


しかも、寝るのを削るほど時間に追われている中でです。


チームワークとはみんなで行動を共にすることだと思い込んでいるようです。


なぜ大の大人が全員で同じことを一緒にやるのかと聞いてみると、「みんなで共有化したいから」だと異口同音に答えます。


そこで私は、毎回同じことを話すことになります。


「共有化しようと思ったら、できる限り分担して、『個』で動いてくれ。」


チームワークについて 3

「全」でこうすることによって、状況を捉える際の片寄りも、「消化・発見」の囚われも大幅に防ぐことが可能となり、対象のポイントにより接近できるわけです。


「消化・発見」という人間力のクライマックスこそは「全」でやるのですが、それ以外のこと、実行段階は言うに及ばず・・・


たとえば事実を集めたり、あるいは調べたりなど、動きを伴う場面においては、できる限り分担して、「個」でやるのが望ましいでしょう。


計画段階さえ、その初期には「個」で別々にやったほうがよいでしょう。


それぞれが「消化・発見」に参加して、借りものではなく、自分たちの「わかった」になっており、思いと状況を共有しているから、それができるわけです。


私はよく、「チームワークしようと思ったらみんなで動くな」と言います。


正確に言えば、「全」でやるのは「消化・発見」だけにして、「個」でやることを増やそうという意味です。


理由は2つあります。


第一は効率、これは言うまでもありません。


第二は、そのほうが、共有化も進み、みんなの参加度もより深くなるからです。

チームワークについて 2

実行段階に入ると、それぞれの「わかった」の浅さが表面化してきて、こんなはずじゃなかったと、互いに非難し合うようになります。


R型では、チームワークはできないのです。


道具力で結合していたのでは、「同じ釜のめしを食う」ことはできても、「思いと状況を共有して動く」ことはできないからです。


H型ではそれをどうやるでしょうか。


人びとが動くのに最大に作用するものは、状況でした。


だからこそH型では、状況の事実から発想していくという、第一の原理、しかもその核心をなす「消化・発見」において力を合わせるのです。


つまり、人聞力で結合するわけです。


状況の事実を持ち寄るのは、一人ひとりの「個」です。


それらの諸事実をみんなの"共有財産"として、力を合わせて「全」で「消化・発見」していくことによって、みんなの中に、深い「わかった」が実現し、達成への思いが生まれてきます。


つまり、思いと状況が共有できるわけです。

チームワークについて

本筋からはずれたところでの努力によって、何とかかんとか、かたちの上では合意にこぎつけて、実行段階に移ることになります。


その後どうなるでしょうか。


がたがたとして、なかなかチームワークがとれません。


その中心的立場の人は、決まったことだし、納得したのですから、みんなはその通り動くと期待しています。


チームワークでやろうとかけ声をかけますが、人びとはそのようには動きません。


なぜでしょうか。


人間ですから、心があるからです。


心は別な方向を向いているからです。


何とかして成功させたいと思うどころか、はなはだしい場合には、心の奥底では密かに、事がうまく運ばないことを願っているかもしれないのです。


・・・そうなれば、「それ見ろ。だから俺が言ったじゃないか」と眩けるからです。

都市はどう変わっていくのか 7

工場地帯を取りまく道路も公園道路風にしていけば、景観的にも質の高い緑地空間をつくりだせます。


このように緑地資産が充実してゆけば、それを利用して将来はプレジャーボートやヨットを収容するマリーナがその前面に並ぶ地帯になるかもしれません。


またそういう緑地帯とノルディックウォーキング ポール 販売などができるレジャー基地の複合的土地利用は、工場地帯という無機的空間を有機的空間に変えてゆく面でも望ましいことでしょう。


千葉市の将来は川崎製鉄の用地の今後の変化に支配されているといっても過言ではありません。


川崎製鉄は千葉県が農業県から工業県に脱皮できることを証明した、最初の見事な実例でした。


それは、昭和20年代から約20年間千葉県や千葉市にとって一番重要な工場でした。


ところが今や川崎製鉄は千葉市の前面に膨大な土地を抱えて居座っているという印象を皆に与えています。


いずれ川崎製鉄の用地はその全部を製鉄所として使うという無駄なことはやめるようになるでしょう。


製鉄は集約化して残すにしても、大部分の土地は工場用地ではなく、より高度利用できる宅地に転換する必要に迫られると思います。

都市はどう変わっていくのか 6

できるならこれらのマンションに結びつけて、洒落たプレジャー用のヨットやボートの新しい基地ができて、東京や埼玉県からきた人達がのんびり遊べる場所になれば良いと思います。


サッカー スパイクをはいて子どもたちが思いっきりスポーツを楽しむことができる、そんな場所に。


ただ木更津市のすでにある市街地は貧相です。


この市街地を、若者にとって遊びにきたくなるように改善しなければ木更津市は東京圏の人々がそこに滞留する街にはなりません。


ただ通過するだけの場所になってしまいます。


木更津市そのものの都市計画が貧弱なままであったら、東京湾横断道路の到着地としての利点はまったく意味のないものになってしまいます。


木更津と千葉の川崎製鉄の間に展開している、市原市を中心とした埋立地は、石油化学工場が主体となった大コンビナート地域です。


この地域はしばらく現状のままでしょう。


この場所は、主として化学製品に必要な原材料を供給する重要な工場地域で、東京という大消費地にも近いため、素材型産業ではあるが、非常に良い立地条件を備えています。


おそらく工場地帯として再開発はされるとしても、住宅地に姿を変える場所ではありません。


しかし工場地帯ではあっても、その敷地内に木を植える努力をずっと続けていけば、コンビナート地帯自体が都市の森林のような景観をつくりだせるのです。